『栄養塩』と言う言葉がありますが、これは何を意味するのかと言いますと、海洋に於いては、窒素、リン、ケイ素を由来とした塩類、 すなわち「硝酸塩」、「リン酸塩」、「ケイ酸塩」などを指し、これらは食物連鎖の起源である生産者(植物プランクトン)には欠かせない栄養素であるため、 これらの総称として「栄養塩」と言う言葉が広く用いられています。
しかし「栄養」とは言うものの、これらの物質は生産者(植物プランクトン、藻類、海草など)以外の消費者(動物プランクトン、魚など)にとっては日常で利用する形態ではないため、 必要以上の栄養塩は単に汚染を示す物質として扱われます。通常、太陽光の届く浅い海域では生産者が豊富なため、逆にこの栄養塩は非常に低い値を示していますが、 希に水温の変動や海流の関係などにより通常よりも多くの深層水が表層へ運ばれると、その富栄養が原因となり藍藻や鞭毛藻を大発生させ赤潮や貝毒などの被害に繋がる場合もあります。 それほど栄養塩の存在は海洋のバランスに大きく関わっているのです。
ところで、皆さんのお住まいの近くには「海」がありますか? 無い方はいつか見た海を思い出してみてください。 どんな海だったでしょうか。海草やコケが生い茂っていたり、あるいは川が近いとゴミや不純物が多くてあまり綺麗ではなかったかも知れません。 このような海草やコケ、透明度はやはり栄養塩と大きく関係しています。 海草やコケにとって栄養塩はそのまま栄養源となりますし、栄養塩によってプランクトンが繁殖すればその密度によって海水の透明度は悪くなります。 特に太平洋側よりも日本海側、更に河口付近や港の中は栄養塩濃度は高い傾向にありますので、海草やコケも多く、透明度もあまり良くありません。
[図1:サンゴ礁の食物連鎖]
一方、珊瑚礁の栄養塩濃度は常に低く維持されています。これは、リーフの形成によって外海から影響を受けにくなっている事と、
生産者以上に豊富な種類の消費者が存在している事に他なりません。通常、栄養はその取り込んだ生産者が、
その上の消費者に次々と取り込まれていく事で循環していく訳ですが、特に造礁サンゴの仲間は、取り込んだ栄養を骨格や共肉として固定していくので、
この事が更に海水の低栄養化に繋がっています。
更に低栄養環境は、プランクトン密度を抑制して海水の透明度を上げ、またサンゴの色を鮮やかにし、海草やコケの少ない絶景を作り出しています。
[図2:硝化と硝酸還元]
ここでは硝酸塩の処理として「窒素循環」について考えてみます。
まず、海洋に於いての窒素の溶存形態として、生体の排泄物や死骸から分解されてタンパク質やアミノ酸から始まり、それが各バクテリアによってアンモニアや亜硝酸、硝酸塩と形を変えていきます。
また逆に、硝酸塩から窒素へ、あるいは段階的に硝酸塩→亜硝酸→アンモニアというように還元していくバクテリアも存在しています。
このような窒素の循環サイクルを「窒素循環」と言います。では、それぞれの行程について触れてみましょう。
- 多くの好気性細菌 タンパク質→アミノ酸→アンモニア
また、これらは有機物を利用し活動する事から、「従属栄養細菌」に分類されます(好気性従属栄養細菌)。
- アンモニア酸化細菌 [亜硝酸菌](ニトロソモナス属、ニトロコッカス属など) アンモニア→亜硝酸
- 亜硝酸酸化細菌 [硝酸菌](ニトロバクター属、ニトロコッカス属など) 亜硝酸→硝酸
これらは有機物を利用せずに活動する事から「独立栄養細菌」に分類されます(好気性独立栄養細菌)。 またこれらを総称して「硝化細菌」とも呼びます。反応には酸素を酸化剤として利用しています。(酸素呼吸)
- 通性嫌気性細菌(シュードモナス属、ミクロコッカス属、バチルス属など) 硝酸→窒素
これらは好気環境ではあくまで酸素を酸化剤として利用して有機物の分解に携わっていますが、 嫌気環境に於いては有機物を分解する際に硝酸を酸化剤として利用する事で、結果的に硝酸を還元し窒素へ戻しています(硝酸呼吸)。 尚、この行程は厳密には、硝酸→亜硝酸→一酸化窒素→窒素というように段階的に変換されていきます。 また、これらは有機物を利用し活動する事から、「従属栄養細菌」に分類されます(通性嫌気性従属栄養細菌)。 但し、バチルス属の場合、最終的にアンモニアを生成するので、厳密には脱窒菌とは呼びません。
- 多くの従属栄養細菌や藍藻、その他植物プランクトン 硝酸→亜硝酸→アンモニア(→アミノ酸)
これらは好気環境下に於いておこなわれます。
- 好気性細菌(アゾトバクター属など) 窒素→アンモニア
- 光合成細菌(クロマチウム属、ロドスピリルム属など) 窒素→アンモニア
- 通性嫌気性細菌(エンテロバクター属など) 窒素→アンモニア
- 偏性嫌気性細菌(クロストリジウム属など) 窒素→アンモニア
- 藍藻類(ノストック属、トリコデスミウム属など) 窒素→アンモニア
但し、この反応は嫌気環境下且つ硝酸が存在しない環境下にて行われます。 硝酸が存在する場合は優先的に硝酸を活動源として利用するため、窒素固定は行われません。
バクテリアによる窒素循環には大まかに上記のようなa.〜e.の行程がある訳ですが、実際の海洋に於ける各工程ではもっと複雑に幾重にも絡み合い、 また環境によって活動内容が変化するバクテリアや、窒素以外にもリンや硫黄も併行して関わっているバクテリアも多いので、このように単純に表されるものではないと思います。 また、これらの要素の元となる各バクテリアは全て水槽に持ち込む事は可能だと思いますが、果たして水槽内で活動が可能と思われるものはおよそa.〜d.であり、 環境的にe.の窒素固定は起こりにくいものと考えられます。またa.〜d.に於いてもその活動量は水槽内の環境次第と言えるでしょう。
尚、炭素循環、硫黄循環、リンサイクルについては触れていませんが、アクアリウムに於けるこれらの理解はあまり必要性を感じないので割愛させて頂きます。 付け加えて、e.でも触れましたが、還元反応(嫌気呼吸)に於いて酸化剤の優先順位(酸素 > 硝酸 > 硫酸)を飛び越えた還元は起こりません。 つまり、硫酸を呼吸の元とする硫酸還元は硝酸が存在しないからこそ行われ、もし硝酸が存在すれば硝酸を呼吸の元とする硝酸還元に置き換わります。 同様に硝酸還元も酸素環境下では酸素呼吸に置き換わると言う訳です(通性嫌気性細菌の性質など)。 また、メタン生成細菌に於いても、その活動は硫酸還元細菌と競合するため、硫酸イオンが枯渇すれば出番が回ってきますが、 硫酸イオンが存在する限りあくまで硫酸還元が優先されますので、メタン生成細菌は活動できません。 更に水槽環境では、この硫酸イオンが枯渇する事はほぼあり得ないので、結果的に水槽での炭酸還元は起こり得ないと言えるでしょう。
| 環境 | 反応 | 主な細菌 | 反応内容 |
|---|---|---|---|
| 好気性 | a.酸化 | 好気性細菌 多くの好気性従属栄養細菌 |
生物の排泄物や死骸などの分解により、タンパク質やアミノ酸等を酸化(酸素呼吸)して最終的にアンモニアを生成する。 |
| b.硝化 | アンモニア酸化細菌(亜硝酸細菌) ニトロソモナス属(好気性独立栄養細菌) ニトロコッカス属(好気性独立栄養細菌) |
アンモニアを酸化(酸素呼吸)し、亜硝酸を生成する。 | |
| 亜硝酸酸化細菌(硝酸細菌) ニトロバクター属(好気性独立栄養細菌) ニトロコッカス属(好気性独立栄養細菌) |
亜硝酸を酸化(酸素呼吸)し、硝酸を生成する。 | ||
| d.同化型硝酸還元 | 硝酸還元細菌 多くの好気性・通性嫌気性従属栄養細菌、藍藻類 |
有機物を酸化(硝酸呼吸)して有機酸を生成し、結果として硝酸は還元され亜硝酸を経てアンモニアが生成される。 | |
| 硝酸還元 | 硝酸還元細菌(脱窒菌) チオバチルス属の一部(好気性独立栄養細菌) |
硫化水素を酸化(硝酸呼吸)して硫酸を生成し、結果として硝酸は還元され亜硝酸を経て窒素が生成される。 | |
| 嫌気性 | e.窒素固定 | 窒素固定細菌 多くの細菌や藍藻類 |
硝酸枯渇環境にて、窒素→アンモニア |
| c.硝酸還元 | 硝酸還元細菌(脱窒菌) シュードモナス属(通性嫌気性従属栄養細菌) ミクロコッカス属(通性嫌気性従属栄養細菌) |
有機物を酸化(硝酸呼吸)して有機酸を生成し、結果として硝酸は還元され、亜硝酸を経て窒素が生成される。 | |
| 硝酸還元細菌 バチルス属(通性嫌気性従属栄養細菌) |
有機物を酸化(硝酸呼吸)して有機酸を生成し、結果として硝酸は還元され、亜硝酸を経てアンモニアが生成される。 | ||
| 硫酸還元 | 硫酸還元細菌 デスルフォビブリオ属(偏性嫌気性従属栄養細菌) クロマチウム属(光合成独立栄養細菌) |
有機酸を酸化(硫酸呼吸)し、結果として硫酸は還元され、亜硫酸を経て硫化水素が生成される。 | |
| 炭酸還元 | 水素資化性メタン生成細菌 メタノコッカス属 ・メタノバクテリウム属 |
硫酸枯渇環境にて、水素→メタン | |
| 酢酸資化性メタン生成細菌 メタノサルシナ属 ・メタノスリックス属 |
硫酸枯渇環境にて、酢酸→メタン |
参考:「環境微生物学」「海洋微生物の分子生態学入門」
表中の細菌は代表的なものであり、環境により性質や反応が変化する細菌(通性嫌気性細菌など)も含まれます
まず、水槽での水質処理としては、第一ファクターとして「従属栄養細菌らによるタンパク質からアンモニアへの変換」、 第二ファクターとして「独立栄養細菌らによるアンモニアから硝酸塩までの一連の硝化作用」などは皆さんもご存じの通りで、 これがメインとなる従来濾過は古くから水槽の水質処理に用いられてきました。 更にナチュラルシステムでは、第三ファクターとして「嫌気環境での通性嫌気性細菌らによる脱窒」によって、 第二ファクターでの最終物質である硝酸塩を還元作用によって窒素へと戻す行程を持ちます。 また、この第三ファクターと平行して、第四ファクターとなる「硝酸塩から亜硝酸、亜硝酸からアンモニアへと段階的に戻していく従属栄養細菌らによる還元作用」も存在します。 このような還元的な作用は、従来濾過でも人為的に外部機能として持たせる事は可能で、デニボールや還元ボックスはこれらを応用した仕組みです。 但し、ナチュラルシステムのように必然的に形成されたバランス関係にはなく、それぞれを意図して配分する必要があり、また定期的な有機物の補給やメンテナンスなども必要となります。
さて、この還元作用についてですが、これを実現するためには、これらに携わる細菌らに嫌気環境を与えなくてはなりません。 具体的には、効果的な酸化還元電位の操作が必要不可欠となります。どのような事かと言いますと、「ナチュラルシステムと微生物」の項でも触れましたが、 基本的に脱窒(硝酸還元)に必要な嫌気環境とは、酸化還元電位値で約-50mV〜-200mVの範囲を要求します。 これよりも高いと通性嫌気細菌は脱窒は行わず、有機物の分解にはあくまで硝酸ではなく酸素を利用するため、好気的な硝化反応をおこないます。 そのため、適切な電位を維持するためにも、砂の粒子サイズや砂の層の厚さ、またこれらを撹拌するベントスらの数や仕事量にも目をやらねばなりません。 特にプレナムを設置している水槽では、この撹拌の度合いにもっとも注意が必要です。
では、これらの環境を用意したところで、はて、それら嫌気細菌たちとはどこからやってくるのでしょうか? 実はこのような細菌類は環境に合わせ必然的に現れます。と言っても何も無いところから湧き出す訳ではなく、厳密には何かしらの媒介によって持ち込まれます。 砂、岩、海水、生体から、あるいは空気中にも休眠状態のシストは数多く存在しています。しかしそれらを宛もなく気長に待つよりも、 やはり気持ち的にも確実に導入したいので(笑)、通常は天然のライブサンドやライブロック、天然海水などを用いて最初からこれらを持ち込んでおきます。 あとは、それぞれが必要とする環境下で必然的にそれぞれの活動と増殖は始まります。但しそれらの活動量は、先に用意したそれぞれの環境スペースによって決まってしまい、 特に砂の層での活動量はとても大きいので、砂の面積と厚さは十分に確保しておきましょう。
[砂層断面の脱窒泡]
こうして上手く配置した還元層には、脱窒による窒素の気泡がところどころに現れ、目で見てその効果が確認できるはずです(砂の層をガラス面越しに見た場合)。
そうなれば、まずは窒素循環は上手く実現した事になります。あとは、そのキャパ以内に硝酸濃度を抑えるか、または還元層を増やすか、
いずれにしても水槽内で窒素が処理できる事で、水質の長期安定維持を可能にするキップを手に入れた訳です。これをキープできるように頑張りましょう。
また、しつこいようですが微生物も忘れてはいけません。上のような窒素の気泡は、砂中の微生物や線虫類の昇降運動によって常にガス抜きされていきます。
その際に砂の表層のデトリタスなどの有機物を砂層へ引き込み、それが各層のバクテリアに渡され、また循環を繰り返していくのです。
更に興味深い性質として、各細菌にはあらゆる要素で分類される「嗜好性」が存在します。 それは例えば「塩分濃度」で見た場合、「好塩性」、「耐塩性」、「非耐塩性」などに分類する事が出来ます。 一般的に海洋に分布するものは微好塩性に属す細菌で、淡水では増殖できません。 また汽水域を好むものを耐塩性細菌、死海のような高塩濃度を好むものを高度好塩細菌と言うそうです。 また、「水温」に対しては、0℃前後を好む「低温細菌」、20℃以下で増殖可能な「偏性低温細菌」、20℃以上でも増殖可能な「通性低温細菌」とに分けられます。 「水圧」に対しても分けられますが、その多くは深海性のものとの比較のようで、「耐圧細菌」、「好圧細菌」、「偏性好圧細菌」、などに分けられています。 肝心の「栄養」については、「偏性低栄養細菌」、「通性低栄養細菌」とに分けられ、海洋に分布する従属栄養細菌の多くは前者に分類されるそうです。 またこの種は高濃度の有機物環境ではその増殖が阻害される事も実験から判っているそうですから、やはり富栄養は良くありませんね。 最後に、「磁性細菌」と言うカテゴリーまであるそうで、なんと「走磁性細菌」と言うのは磁力線に沿って泳ぐそうな(笑)。 これは硫酸還元細菌の一部にも見られる性質だそうです。いやはや、一口に「細菌」と言っても色んな嗜好性がありとても面白くて興味深いですね。 これらの事からも判るように、やはり水槽に於いても再現すべき環境は海に見習えと言う事で、比重は1.023前後を保ち、 水温も25℃前後をキープ、水圧や磁気は良いとしても、栄養は極力低栄養に心掛けると言う事。魚やサンゴ同様、細菌にも優しい環境を整えてこそ、「海」の完成度は高まると言えます。
また、上記のような窒素の処理の他に、リンなども上手く処理させたいところですが、あいにくリンには気体型が存在せず、 リンサイクルにおいてはバクテリアによる無害化処理が困難(ごく僅かは水槽内でもあるでしょうが)であるため、 今のところカルクワッサーによる固定(リン酸カルシウム)か、吸着剤による除去が妥当なところでしょう。 但しいずれの場合も溶存性のリン酸イオン(オルトリン酸PO43-)が対象であって、不溶性のリンについては対処できません。 くれぐれも水道水と給餌の量には気をつけましょう。