結果 Oh! Life

懲りずに書いてみたりする結果オーライな日記



20088月24

シンタロ。ありがと。5

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翌8/24(日)、朝早く病院から電話が鳴る。やはり尿が出ないとのこと。尿を促す処置も効果が薄く、僅かしか出てこないらしい。とりあえずこの状態を見て貰うため、今から来て欲しいと言われる。あるいは夜、飼い主が到着してから一緒に来ても良い、とも言われる。しかし、後悔はもういやなので、とりあえず僕だけすぐに向かう旨伝えた。

病院までは、富山の知人宅から下道で40分ほどの距離にある。途中には僕の通っていた高校があったり、しばし懐かしい気持ちで気も紛れた。病院に着くと、日曜のため病院は閉まっていた。なので横の通用口から入る。休みも返上して貰って恐縮です。シンタロはどことなく昨日よりは少し具合が良さそうにも見えた。少しホッとした。しかし先生は、依然予断の許さない状況で、昨日より危険であると言う。なんか実感が湧かなかったが、やはり金沢の病院での印象に比べあまりにも安心感のある設備のせいか、つい気を緩めてしまう感じがあったかも知れない。最後にもう一目だけシンタロに合わせて貰い、病院をあとにした。今晩には飼い主も来るし、少し心強い気もした。

富山の知人宅へ戻り、朝飯を食べた。少し気持ちが上向きになってきたので、気合いを入れて仕事も始めた。途中、知人と雑談もしつつ、時間をやり過ごした。夕方、飼い主からメールが来た。同僚とシフトを代わって貰ったので、早めの便で向かえるとのこと。その後「今電車に乗った」と連絡が入った。これなら夜10時前には富山に着くな、良かった。。。などと思っていた矢先の事でした。飼い主が電車に乗って10分も経たない頃、富山の病院から電話が。。。

「たった今、お亡くなりになりました。。。」

聞き取れなかった事にして、もう一度聞き直しました。目の前が真っ白になりました。そ、そんなぁ。。。今飼い主が向かったところなのに。。。「あとで飼い主が到着されたら、ご一緒にお越しください」と言われたけれども、そんな場合じゃなかった。すぐに向かうと告げて、車に飛び乗った。運転中、ボーっとしつつ、涙が出て出て止まらなかった。

病院に着いて、すぐにシンタロに会った。なんかまだ全然温かいんですよ。そして自分でも信じられないくらい涙と鼻水が出ました。良くドラマなんかで涙のシーンに鼻水出してんの見たことあったけど、あれが本当の現象だと初めて知りました。そして先生から色々と説明を受けたけど、なんかあまり覚えてない。その後、誰も居ない夜の待合室でシンタロと二人でしばらく過ごしました。待合室にあったパンフレッドに、「気づいてあげて。大事な家族でしょ」とか言うコピーを見て、更に号泣しました。

少し早かったけど、シンタロを連れて駅へ向かうことにした。駅の駐車場で1時間ほど飼い主の到着を待った。この間ずっとシンタロとお話をしてました。飼い主が到着したので、先生から飼い主に経緯を説明してもらうため、すぐにまた病院へ向かう。車で向かう間、飼い主はシンタロを抱いたままずっとうつむいてた。病院に着いて1時間ほど飼い主と先生が話をして、その間僕は外で待ってた。その後、話が終わり、病院をあとにした。その後、一旦、富山の知人宅へ荷物を取りに向かい、そして僕の自宅のある金沢へ向かった。

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20088月23

シンタロ。ありがと。4

ブログ エイジ 11:52 コメント0件
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翌日8/23(土)、遂にシンタロを富山の病院へ連れて行くことになった。しかし今の病院の先生の都合で午後3時以降に迎えに行く予定となる。頃合いを見て病院へ電話すると、大きめの段ボールに入れて寝かせて運ぶ方が良いと言われ、なんとか大きな段ボールも用意した。で、いざ迎えに行くと、シンタロはもう意識が混沌としているようだった。一刻を争う必要があるのは、素人の僕が見ても明らかだった。すぐに富山の病院へ電話して、これから向かう旨を伝える。今の先生からこれまでの資料を預かり、すぐに高速に乗った。道中ずっとシンタロに話しかけていた。でもあまり反応はない。

夕方、富山の病院に到着。つくづく後悔した。動物病院でもこんなに大きくて立派な病院があるのだ、と。まるで人間の病院のようだった。自分が昨日まで入院させていた金沢の個人病院と、その病院を選んでしまった自分の両方を悔やんだ。待合室での待ち時間は凄く長い気がした。待っている間も、シンタロは風前の灯火のようだった。もう動く気力も残っていないような感じだ。それでも僕が段ボールに手を入れると、シンタロは僕の腕の上に右手をポンと乗せた。そしてその隙間へ頭を滑り込ませた。また、途中何度か起きあがろうとするも、すぐに転んでしまうような状態だった。もう動くな。無駄に体力を使うな。もうすぐだから。そう言いながら、動こうとするシンタロを何度も手でそっと抑えてやった。

やっと順番が来て、シンタロを診察室へ運んだ。すぐに血液検査をした。この病院には専用の設備があるようで、比較的すぐに結果が出た。なんてこった。尿も調べた。その後、酸素吸入と点滴のため、専用の部屋に入れられた。体温が低下してるため、服も着せて貰った。床暖房も完備してあった。ますますなんてこった。自分の過ちをつくづく痛感した。

その後、現在の状態や今後の見通しなど、先生から色々聞かせていただいた。黄疸が出ていること。腎臓の機能低下によるもの、肝臓のもの、検査結果を見ながらひとつひとつ説明をいただいた。レントゲンでの怪しい陰は全て内臓脂肪だと言うこと。肝臓の陰に少し肥大が見られること。そして原因は糖尿病であるということ。それも末期であり、現在はいろいろと合併症が出ているため、脱水症状と衰弱がひどいということ。そして、ここ数時間から2~3日が山だと言うことを通告された。泣きそうになった。いや、泣いてたかも。

先生から色々と話を聞くうち、自分の注意力がつくづく足りなかったと痛感した。確かに最近水ばかり飲んでいた。当然、おしっこも頻繁で、いつもよりトイレ掃除のサイクルが短くなっていた。 「夏だから水良く飲むなぁ」くらいしか自覚がなかった。この間、シンタロの体はどんどん弱っていったのだろう。不憫というか切ないというか、せめて何か目に見えて訴えてくれていたら。。。と、シンタロのせいにしても始まらない。すべて僕の責任だ。そう言えば、最近やけに仕事の邪魔ばかりして構って欲しそうだったのは・・・なんて思い起こすと胸が苦しくなった。

飼い主は仕事中で連絡が取れない。メールもなかなか返ってこない。連絡が付いたら、なるべく緊急である旨伝えた。なるべくなら今日中に来て欲しい。すると初めは今夜の便で来ると返事が来た。ホッとした。電車に詳しい知人に電車の時間を調べて貰い、それを飼い主に伝えた。すると今度は、やはり今夜は無理になったとのこと。仕事がどうしても抜けられないとか。じゃ、明日8/24(日)の夜、勤務を終えたらすぐに飛んでくると約束した。それでも少し安心した。何より早くシンタロに飼い主を会わせてやりたかった。

しばらく僕は富山の知人宅へ居候すべく、仕事の道具もすべて持ってきていた。この日はそのまま知人宅へ。夜、富山の病院から電話があった。体温が上がり、血糖値も下がって正常値とのこと。しかし安心したのもつかの間、今度は腎臓の影響が顕著に出てきて、尿が作れなくなったとのこと。より悪い状況に変わりないとのことだった。しかし今は祈るしかなかった。

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20088月22

シンタロ。ありがと。3

ブログ エイジ 11:52 コメント0件
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翌日8/22(金)の午前中、先生からの電話はない。しかもずっと気が張りつめていたせいか、久しぶりに熟睡してしまった。起きたら11:00を回っていた。慌ててこちらから病院へ電話し、シンタロの様子を見に行く。やはり状態は悪い。点滴はしているが、入れても入れてもすぐにおしっこになって出してしまうらしい。脱水症状が一向に改善されていないらしい。エコーでも、やはり異物らしきものは見あたらないとのこと。血液検査の結果は夕方6時頃には判るそうなので、判り次第電話を貰うことにする。

夜6時を回っても先生からの連絡がないので、またこちらから電話してみる。血液検査の結果は出ているという。なんだよそれ。慌てて病院へ行くも、シンタロは相変わらずというか、更に具合が悪そうだった。もう見てられない。先生とあれこれ話をするが的を射てない気がする。血液検査の結果では色々話を聞いたがさっぱりだった。血糖値が高いのは状況的に仕方のない範囲で、腎臓は問題ない値とのこと。ただ、肝臓の機能に問題があるっぽい値だとのことだった。だが相変わらず次の一手が出てこない。正常な猫のレントゲンも見せて貰い比較すると、確かにシンタロのお腹の中は不明な空間が多いようだった。しかしこれがなんなのか先生は判らないと言う。何とも頼りない先生だ。もうこの病院じゃダメだ。しかし、それもこれも全てはここへ連れてきた僕のせいだ。

自宅へ帰ってからすぐに飼い主へ報告。飼い主は迷っていた。元々来週の25日には一年ぶりに神戸からシンタロを引き取りに来る段取りになっていたからだ。それを早めて駆けつけられるのだろうか。仕事を抜ける都合はなかなかつかないようだった。それに飼い主もそうだが、僕自身もまだ事の重大さに気づいておらず、何を置いても駆けつけなければならないと言うほどの危機感はあまりなかった。とは言え僕はシンタロの辛そうな状態を見てるので、せめて早く良い治療を受けさせてやりたかった。そこで決心した。過去に腸閉塞で治療したと聞いていた富山の病院へ連れて行こうかと提案した。いずれにしても、仮に今すぐ飼い主が駆けつけても、今の状態のシンタロを神戸へ連れて行くことは無理だ。怪しい病院へ連れて行ってしまった責任の意味もあったし、富山の病院なら規模も設備も良くて飼い主も安心だし、何よりシンタロのためになると思った。さすがに金沢から富山まで結構な距離があるので飼い主は提案を遠慮していたが、僕は神戸の病院へでも連れて行く覚悟はあった。その後飼い主との電話を切ってすぐ、飼い主は僕が行った病院へ電話したようだった。富山の病院への転院について話し合ったようだ。

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